【嫌われる勇気】まとめ+感想 アドラーの心理学を学んで感じたこと。

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こんにちは。

どろろーなです。

今日は【嫌われる勇気】の簡単な内容の説明と、個人的に感じたことを書いていきたいと思います。あなたは【嫌われる勇気】読んだことありますか?この本の売れない時代にメッチャクチャ売れた本のため、読んだことがある方もいるかもしれません。(私も完読したのは数年前で、記事のために再読しました)

まずは内容をざーっと説明させていただき、そのあと自分の感想を書いていきますが…何しろなかなか難しい本だなという印象です内容の理解や解釈の仕方、腹落ち方は結構人によって異なるのではないかなーという…ことで、説明しているのもちゃんと的を得ているか不安です…詳細が気になった方は是非本書を手に取ってみてください!!

【嫌われる勇気】の内容について

本書【嫌われる勇気】は2013年12月に発売されたアドラー心理学に関する本です(アドラーが書いた本ではありません)。内容としては体型立てて心理学が説明されている…というようなものではなく、アドラー心理学を学んだ「哲人」と悩み多き若き「青年」の対談形式で話が進行していきます。

哲人と青年は第5章(第5夜)まで議論し、アドラー心理学に関して理解を深めていきます。その過程で、哲人が「アドラー心理学の教え」を語った際に読者が感じるであろう否定意見を青年が「そんなわけない!」と哲人に投げかけ、それに対して哲人が応えて深部まで導いてゆかれるという形式になっています。

本書で語られたいくつかのテーマに関して、特に私が重要であると感じたテーマを抜粋します。

トラウマは存在しない(目的論的思考)

これをお読みのあなたには、何かトラウマや自分のことで悩んでいることはありませんか?例えば、「自分の容姿が好きではない」もそうですし、「人前で明るく話せない」などもあるかも知れません。アドラー心理学ではこれらのトラウマを真っ向から否定します。

アドラー心理学を語るうえでは、原因論と目的論という言葉が出てきます。

  • 原因論: 過去や感情が原因となって現在の自分の状況が成立しているという考え方
  • 目的論: 今の状況を作り出すために過去や感情を存在させているという考え方

アドラー心理学では、人は目的論で行動すると規定しており、その中でトラウマの存在を否定しています。本書の言葉を借りると「過去の経験がそれ自体で意味を成しているのではなく、過去の経験に意味を与えることで自らの生を決定しているのです。

例えば、「人前で明るく喋れない」というトラウマを語る人がいたとします。

私はもともと内向的な性格で、明るく話せないから人前での発表はできないのだ

人前での発表はしたくないから、私はもともと内向的な性格だ

人が何かしら抱えているコンプレックスや感情は、それ自体に意味なぞ無い。意味を持たせるのは本人で、その意味の持たせ方は本人の希望により行われている…つまり「トラウマは楽なほうに行くために作られている」ということです。

容姿で悩んでおり、トラウマがあったとしたら「もしトラウマがなかったらきっと自分は〇〇だ」と想像します。トラウマを解消したときにその理想が実現されないこと、または変わることそのものの恐怖により人はトラウマを創り出している…つまり本質的にはトラウマなど自己の中では存在しないということでした。

同様の文脈で、上司が部下に対して怒り怒鳴る…ということが例としてあげられています。これも、「怒ったから怒鳴った」のではなく、「何かしらの背景(自分の権威性をアピールしたい等)があり、怒鳴るために怒りの感情が創られた」ととらえることができます。トラウマも感情も、「人が目的を達成するための道具である」と。

自分の課題と他者の課題を切り分ける

アドラー心理学では、全ての悩みは対人関係からくることと規定しています。人間、一人で生きていくことはできません。誰かから必要とされたり、誰かとともに生活していくことになります。その中で他者に対して劣等感を感じたり、他者から評価されないことなど様々なことが悩みとなって降りかかります。

アドラー心理学では、この「他者からの評価」=承認欲求を追及することを否定しています

自分が自分のために自分の人生を生きていないのであれば、いったい誰が自分のために生きてくれるのだろうか

ユダヤ教の教え

このため、人生における課題は「自分の課題」と「他者の課題」と切り分けるのが必要と説いています。他人が自分に対してどのような評価をするかは自らが直接介入できない「他者の課題」です。この「他者の課題」に踏み込むことが対人関係におけるトラブルになりうるというのです。

本書名は、ここからきています。他人が自分を嫌ってしまうとすればそれは「他者の課題」であると。自らが正しいと思う行いをし、自らの課題を認識し解決していればそれは正しいことであると。つまり、表題の「嫌われる勇気」→他者からの評価に依存しない考え方 に至るわけですね。

対人関係のカードは常に私が握っていたのです

本書

共同体感覚…幸せに生きるとは何か?

上にて、悩みは全て対人関係からくると述べました。と同時に、それは裏を返せば幸せも対人関係からくるといえます。そのような対人関係が目指すべきゴールは「共同体感覚」他者を仲間とみなし、そこに居場所があると感じられることが目指すべきゴールだということです。

つまり、対人関係を構築する周囲とは対等の横のつながりのある仲間であり、上下関係があるようなものではないということです。共同体感覚の中で、「共同体にとって有益なのだ」と思えたときにこそ、自己の価値を実感できる…これがアドラー心理学の答えであると本書では説いています。

幸福とは、貢献感である

本書

これは、他者から評価される「承認欲求を得る」ということではありません。自らが自らの主観で「誰かの役に立っている」と自分の価値を認められる状態が幸せであるということです。

ダンス(人生)を踊っている「いま、ここ」が充実していれば、それでいいのです

本書

僕なりに思うところ

生きることに意味なんてないのか?

子供のころから生と死について考える機会が何故か多く、ずっと「死んだらどうなるのか?」ということを想像しては恐怖していました。死んだら、人は生まれ変わるのか?天国に行くのか?デスノートのように無になるのか?死んだ先に無になってしまうのであれば、何かのために頑張ったりすることは全くもって無意味なことなのではないか?と。

本書を読んで、完全なる答えが出たわけではないですが一つのヒントが得られたと感じています。友達と笑いあっている一瞬や、家族のために家事をしたりしているときの心の充足感は、きっとそれはそれで「共同体感覚の中での自分」なのだと。

その一瞬のダンスが輝いていれば、最終的な目標や意味なんて関係ない。そもそも自分以外に意味のない「自分の人生」について、世界的な意味を問うこと自体がナンセンスですね。

生きる意味について悩んでしまうときがあれば、是非本書を読んでみてください。きっと青年の悩みはあなたの悩みとリンクし、何かに参考になる部分があると思います。

承認欲求は完全に切り離せない

本書では自己の課題と他者の課題を切り分け、他者からの評価に介入せず、承認欲求を否定するという内容がありました。が、これは難易度が高いことではないかと感じました

人間は大昔から群れを成して行動する社会的生物であり、他者と関わり生きてきました。そんななかで、他人から評価されるということは本能的に必要としている部分があると思います。他者から承認されることが生死に繋がるほどの時代からDNAに刻まれているわけですから、一緒くたに自分と他者の課題を切り分けることは難しいでしょう。

承認欲求に関する僕の意見としては、「イイとこどりでいいじゃないか」ということです。自分の人生は自分のために生きる。その中における承認欲求の存在は否定しません。(ブログだって承認欲求的なところが無いといえばウソになりますからね。)

自分の人生観や軸に沿って行動していくときに、人生観を取るか承認欲求を取るかみたいな場面がきっとあると思います。例えば、仕事で上司に嫌なことを頼まれたときにするかしないか?という選択をするというときですね。

そんなときは、承認欲求を取って自分の生き方を曲げるのも生物の本能としてありえることだと思います。でももし自分の本当に信じるものを曲げたくないというときは、このアドラーの心理学を「自分の心の支えとする武器」として、「他人なんか関係ないやーい!」と腹をくくればいいんじゃないかと。

そうして選択すれば、きっとそのときに悪い評価をされてしまったとしても自分の中で腹落ちしているため後悔はないのではないかと思います。

アドラー心理学は悩める人たちに答えを与える…つまり幸せになるための心理学であるという印象です。アドラーの心理学に縛られて完全に承認欲求を否定し、苦しんでしまうような生き方ではなく、自分の本当に「幸せになれる」生き方を選択していくのがいいんじゃないでしょーか?

まとめ

というわけでアドラー心理学の【嫌われる勇気】内容と感想でした。疲れた…オモイ…

名著というだけあって、これ以外にも自分の生き方の糧にしたい名言がたくさんありました。し、読むたびに新たな発見や考えが生まれると感じています。もしこのブログを読んで興味を持ちましたら、是非買ってみてください。

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